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竹山実さん死去 建築家

竹山 実さん(たけやま・みのる=建築家)9月24日午後7時11分、肺炎のため東京都渋谷区の病院で死去、86歳。札幌市出身。葬儀は家族葬で済ませた。後日、お別れの会を開く予定。喪主は妻留美(るみ)さん。
代表作に東京・渋谷の「SHIBUYA109」ビルや東京港の晴海客船ターミナルなど。韓国でソウル駅のデザイン監修も務めた。武蔵野美術大名誉教授。

情報公開日2020年10月6日

引用元:JIJI.COM

森部一夫氏死去(ミツミ電機前会長)

森部 一夫氏(もりべ・いつお=ミツミ電機前会長)9月25日午前5時14分、急性胆のう炎のため病院で死去、88歳。北九州市出身。葬儀は近親者のみで済ませた。喪主は妻日出子(ひでこ)さん。連絡先は同社総務部。

情報公開日2020年10月6日

引用元:JIJI.COM

藤井浩氏が死去 元名工建設社長

藤井 浩氏(ふじい・ひろし=元名工建設社長)10月3日、心臓病のため死去、86歳。連絡先は同社総務部。告別式は近親者で行った。喪主は長男、敦氏。

情報公開日2020年10月6日

引用元:日本経済新聞

ファナック創業者・稲葉清右衛門氏が死去

ファナックの事実上の創業者で、現名誉会長の稲葉清右衛門(いなば・せいうえもん)氏が2日、老衰のため死去した。95歳だった。

1946年、東大工学部を卒業して富士通信機製造(現富士通)に入社。技術者として日本企業で初めての工作機械などを操作する際に使う数値制御(NC)装置の開発を主導した。72年、富士通から富士通ファナック(当時)として分離独立する際に専務として移り、75年に社長に就任した。

山梨県忍野村に主力拠点を置き、研究開発から生産までを一貫して手掛けるユニークな経営体制を構築。独自の製品開発や生産合理化を追求しながら強い指導力を発揮し、高収益体質を築いた。NCに続いて開発した産業用ロボット事業を通じてファナックを世界的な企業に育て、製造業の生産自動化や合理化にも大きく貢献した。

95年に社長を退き、2000年には取締役からも退任した。81年に紫綬褒章、90年には藍綬褒章を受章している。現会長の稲葉善治氏は清右衛門氏の長男。

情報公開日2020年10月6日

引用元:日本経済新聞

枝広憲三氏が死去 元ティーエスアルフレッサ社長

枝広 憲三氏(えだひろ・けんぞう=元ティーエスアルフレッサ社長)9月30日死去、67歳。連絡先は同社総務部。お別れの会を行うが日取りなどは未定。

情報公開日2020年10月6日

引用元:日本経済新聞

故田中優次氏(元西部ガス社長)のお別れの会

故田中優次氏(元西部ガス社長)のお別れの会 11月10日午後1時30分から福岡市博多区博多駅前2の18の25のホテル日航福岡

情報公開日2020年10月5日

引用元:日本経済新聞

高田賢三氏、新型コロナで死去 「ケンゾー」創業者、81歳―仏で成功

【パリ時事】華やかな色や柄使いのブランド「ケンゾー」の創始者で、世界的に有名なファッションデザイナーの高田賢三(たかだ・けんぞう)氏が4日、新型コロナウイルスに感染後、パリ郊外の病院で死去した。81歳だった。高田氏の広報担当者がAFP通信に明らかにした。

兵庫県出身。1958年、男性に門戸を開いたばかりの文化服装学院に入学。翌年進んだ同学院デザイン科には、後に「花の9期生」と呼ばれる「ニコル」の松田光弘さん、コシノジュンコさん、「ピンクハウス」の金子功さんら日本を代表するデザイナーの卵が集まっており、互いに刺激を与え合う良きライバルになる。
婦人服メーカーのデザイナーを経て、65年渡仏。70年にパリに自分のブティックを開いた。ファッション界がオートクチュール(高級注文服)からプレタポルテ(既製服)に移行する時期で、鮮やかな花柄や重ね着、民俗調のフォークロアなど新風を吹き込み、世界中で高い評価を得た。
84年、仏政府の芸術文化勲章(シュバリエ)を受章。東京などでもファッションショーを開いた。
99年、紫綬褒章を受章。同年、春夏コレクションと、ブランド30周年を集大成したファッションショーを最後にケンゾーを離れ、独立。その後も新ブランドを設立したり、04年のアテネ五輪日本選手団のユニホームをデザインしたりするなど活躍した。

情報公開日2020年10月5日

引用元:JIJI.COM